2017年2月12日 (日)

皇居一般参観

皇居一般参観に行ってきた。事前予約なしでも可能とは知らなかった。ただ、身分証明(免許証やパスポート、マイナンバーカード等)が必要。皇居内にはいつか入ってみたいと思っていたのでようやく夢が叶い嬉しかった。時間がある方は一度行ってみてはいかがだろうか。無料だしおすすめである。

当日受付整理券 
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桔梗門より入場 1315時ごろ
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窓明館でお土産屋とトイレ 1345出発 6割ほどは外国人観光客
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石垣に○に十のマーク
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富士見櫓(ふじみやぐら)
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宮内庁庁舎  説明員による説明は日本語のみ
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坂下門を内側から見る
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宮殿東庭(きゅーでんとーてー)には2万人入るとか
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正門鉄橋(二重橋)の上から丸の内方面
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伏見櫓(ふしみやぐら)
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宮殿長和殿 幅100m 元日に天皇陛下が並ぶところ
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豊明殿
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乾門方面を望む
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蓮池濠 石垣の向こうは東御苑
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桔梗門は内桜田門とも呼ばれているらしい 1500時前に解散
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皇居参観記念スタンプ 窓明館にて
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2017年1月23日 (月)

原町田七福神

 今年の七福神は多摩川七福神で終わりと思っていたが、近場に未踏の七福神があるのに気づいてしまった。なんと町田の原町田七福神だ。町田駅の周囲に固まっているのでせいぜい多摩川程度の短時間で回れそうだ。いろいろとルートを考えていたのだが、ふと先日のランで長津田まで走った時に新マンホールを見つけたのにデジカメ不所持のため撮影できなかったことを思い出した。ぜひ再度撮影に行きたいと思っていたのだ。であれば....長津田と~町田~うん!電車で行くのではなく黒王号で行くことにし、町田まで行く途中にちょいと寄ることとしよう。
 というわけで朝から恩田川経由で長津田にちょいと寄ってから町田まで行った。北西の風が強くて向かい風のため大変難儀した。最後、激坂をへいこら登って町田の街なかに着いた。この原町田七福神のベースは「ぽっぽ町田」という建物にあるという。朝早く着き過ぎてしまいまだ空いてないようだ。取りあえず、回れる所から回ることにして、スマホに保存してきたマップによると商工会議所の福禄寿を発見。スタンプらしきは発見出来ず。見つからなくても最悪ぽっぽで押せるようなので撮影だけして次に回る。
福禄寿@町田商工会議所
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勝楽寺を横目に一番遠い母智丘神社(もちおじんじゃと読むようだ)に寄る。家族と親族の健康と幸せ、および川崎の初冠を祈願していると神主らしき男が社の横から中に入って行った。出てきたところで声をかけて色紙を請うたところ、快く対応してくれた。社務所を開けて色紙(300円也)を出してくれた。スタンプセットは社務所前に置いてあったので無事に第一押印。フルサイズの色紙なので大きめのリュックに入れて曲がらないように型として折りたたみ式の携帯用座席シートを拡げて背に背負う。この色紙、ビニール袋に入っているのは良いのだが、色紙のサイズに近く、つまり余裕がなさ過ぎて色紙を入れにくくて難儀した。本日の難儀二件目。あと5mm幅があればすばらしいのに。
弁財天@母智丘神社
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お次は小田急町田駅近くのカリヨン公園。となりに交番があり警官が複数出ていたのでなんとなく緊張感が漂っている。大黒天が見つからず焦る。けっきょく狭い公園を一周して見つけた。バックがちょっと悲惨だがしかたない。ここもスタンプセットなし。
大黒天@カリヨン広場
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次は先ほど通りすぎた勝楽寺。財政的に豊かそうな立派なお寺だ。本殿右手前に福禄寿を発見。強い風に幟がはためく。
福禄寿@勝楽院
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お次は町田の横浜線の西側に向かう。猥雑な東側に比べて西側はなんだか別世界。坂を下ると町田天満宮が見えた。ここは恵比寿さまを発見。スタンプセットも発見。
恵比寿@町田天満宮
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歩行者に凄く意地悪な信号に相当待たされてお次の宗保院に向かう。本日の難儀三件目。こちらは山門が立派な仁王門になっている。その手前に布袋尊を発見。スタンプセットは門の中にあった。4押印め。
布袋尊@宗保院
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横浜線を通りこして町田中央通りに戻る。見逃していた浄運寺を探す。歩行者天国状態の狭い中を黒王号でゆるゆる行ったり来たりして探し、ローソンの前にやっと発見。分かりにく過ぎ。中に入ると結構広いのに門は狭くて目立たないのだ。本日の難儀四件め。入口右側に毘沙門天を発見。スタンプは本殿右側。これで5押印め。
毘沙門天@淨運寺
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さあ、最後にぽっぽ町田に向かう。建物1階には沖縄物産店などもあり、なかなかおもしろそう。町田ツーリストギャラリーの事務所にスタンプを発見し、のこりの福禄寿、大黒天を押して無事にコンプリート。
完成した色紙
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以上0937時から1100時までかかったので1時間半ほどで終了した。徒歩だともう少しかかるかもしれない。風が強くとても寒かったが、天気が良くて気持ち良かった。帰路は追い風のため楽に走れた。最後になって何だが、そもそも「町田」と「原町田」の違いっていったい何なのかとても知りたくなっている(笑)。
1月21日、町田市にて

2016年12月27日 (火)

親魏倭王の金印と銀印

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 吉野ヶ里歴史公園で作った印は「親魏倭王」という印影のみが見つかっていて印自体は発見されていないものである。なので印の形は不明であり、福岡の志賀島で見つかった金印「漢委奴国王」を参考にして想像でデザインされたものだそうである。
 さて、この親魏倭王印を調べていたところ、朝倉市でもレプリカを販売しているということが分かった。販売している店なども調べ、吉野ヶ里遺跡の帰りがけに甘木線で甘木まで寄り道をして朝倉市で購入したのであった。つまりこの日は一日で親魏倭王印を二つゲットしたことになる。朝倉市のあさくら観光協会ではごく稀にしか売れないということもあり、どこに保管されているのか不明でだいぶ探させてしまった。吉野ヶ里遺跡公園で朝自作してきた印を見せると、ことの他驚いてくれた。そもそも吉野ヶ里遺跡公園で親魏倭王印を体験製作できるということ自体ご存じなかった。店員さんも自分もふたつの印をしげしげと見比べたのであった。方や銀色、方や金色。印面はだいたい同じ。印の厚みは朝倉市のもの(写真右側)がやや厚い。

説明書が入っていたので写してみる
 中国の史書「三国志」に記されている「魏志倭人伝」に初めて日本のことが出てきます。 この中で、邪馬台国の女王卑弥呼に「汝を親魏倭王となし、金印紫綬(くみひも)を仮える。装封して帯刀太守に付し仮綬させる。」とあります。
邪馬台国論争が日本三大ミステリーの一つとして論争の渦中にありますが、女王卑弥呼の墓か、この「親魏倭王」の金印が出土されれば終止符が打たれます。
現在は「魏志倭人伝」に登場する国のうち、對馬国=対馬、一支国=壱岐、末盧国=唐津、伊都国=糸島、奴国=福岡・筑紫が明らかにされていますが、その先の国が特定出来ていません。
昔、民族が移動する場合には、その地名を持って移住していたこと、奈良大和地方と甘木朝倉地方との主要な地名が一致し、地名配置も極めて類似点があることから、邪馬台国は甘木朝倉地方に存在し、神武天皇に率いられて東遷し、大和朝廷になったという「邪馬台国東遷節」が有力です。
更に、古事記・日本書紀、考古学サイトの見地に加えて、数理統計学的手法を駆使して、天照大神=卑弥呼、高天の原=邪馬台国が解明されています。
さあ、あなたも邪馬台国の謎解きに参加しませんか?
               監修 朝倉観光協会


3月5日、吉野ヶ里歴史公園と朝倉市にて

2016年12月20日 (火)

銅鏡と金印の製作体験@吉野ヶ里歴史公園

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吉野ヶ里遺跡での目的は銅鏡と金印の製作体験だった。詳しくはこちらを参照のこと。本当は鏡、親魏倭王印、銅鐸をみっつとも作ってみたかったのだが、同時に三つは不可能ということで鏡と親魏倭王印の二つを製作してみた。正確には銅鏡・金印を模したレプリカの製作だ。やりかたは簡単に言えば、低温で融解する特殊な金属(はんだのようなもの)を鍋で温めて融かし、再利用可能な型に入れてきっかり10分間冷まして固め、バリを取り、磨いて磨いて磨いて磨いて艶を出して完成というもの。とても親切で丁寧な係の男性に指導してもらいながら製作した。単純作業なだけに集中して作業してしまいあっという間に時間が経った。銅鏡には「久不相見、長毋相忘」と書いてあるそうだが、どの文字がどれやらさっぱり不明。ピカールを使って仕上げをするうちに自分の顔が映ってきてワオ!と心ときめいた。金印は金色ではなくて銅色ではあるが、小さくてもずっしりと重い。素晴らしい宝物が出来上がり、なかなか楽しく充実した半日だった。吉野ヶ里歴史公園の体験プログラム、なかなかお勧めである。
3月5日、佐賀県吉野ヶ里遺跡公園にて

2016年12月13日 (火)

吉野ヶ里遺跡

吉野ヶ里遺跡という遺跡が佐賀県にあることは知っていたが、佐賀県のどのあたりかはまったく知らなかった。鳥栖と佐賀の間にあるのだった。わざわざ電車に乗って佐賀県くんだりまで行くことにいささかの迷いはあったがどうしても見ておきたいものがあり、わざわざ出かけたのだった。正式には吉野ヶ里歴史公園

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環濠集落
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文字
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広大な敷地に環濠集落が広がり、他にもいろんな建物があった。発掘中の甕棺(かめかん)やばらばらに壊れた土器の修復過程なども見られて面白かった。普段はこういう歴史的なものには興味を持たないが、この公園のようにしっかり見せられると、興味深く思ってしまう。もう一度今度はゆっくりと時間を使って見学してみたいと思っている。
3月5日、佐賀県吉野ヶ里町にて

2016年12月 9日 (金)

吉野ヶ里遺跡マンホール

 だいぶ時間が経ってしまったが、今年3月に吉野ヶ里遺跡を見に行った時に見つけたマンホール。
公共下水道 吉野ヶ里遺跡 サイズ600mm 佐賀県吉野ヶ里町
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 こちらが吉野ヶ里遺跡の環濠集落内の建物。たくさん写真を撮ったがこれがマンホールのデザインに一番近かった。弥生時代の当時の服装をした説明員がいていろいろ教えてくれた。
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2016年4月18日 (月)

あぁ熊本城

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熊本の地震、早く余震が収まりますように。新たな被害者が出ませんように。被災者の皆さんの苦しみが早く取りさらわれますように。

写真は3年前に訪れたときの熊本城。このときは時間ができたのでとりあえず実家を出て博多駅まで来たのだった。油山か能古島あたりにでも出かけてみようかぐらいのつもりだった。駅で九州新幹線のポスターを目にしてふと熊本もいけるんじゃないかと思い立ち、するすると窓口に行ってみたところ、お得な日帰り往復券があるというのですすめられるままに購入して日帰りしてしまったのだ。東京から小田原往復するぐらいの気軽さだった。

初めてみる熊本城は黒くて精悍で力強く、見る者を圧倒する威容だった。いつになるかは分からないが必ずこの雄姿を取り戻してほしい。
2013年5月1日、熊本市にて

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